(なんだかなぁ・・・)


カカシ先生に群がる黄色い歓声を遠目に見ながら、私はそっと溜息を漏らした。




You...only for me



毎年繰り返されるこの光景。

去年も全く同じシーンを、こうやって溜息混じりで見ていたような気がする。

あれから一年。

暇さえあれば私はカカシ先生の隣に陣取って、仲が良いところをみせびらかすように、腕を組み、腰に手を回して、

隙あらば・・・と狙っている女の子達を、きつく牽制してきた。

カカシ先生だって、嫌な顔一つせずに、ニコニコと私の好きなようにさせてくれていたし、

周囲には、『この私がはたけカカシの彼女なのよ』と、あからさま過ぎるほどアピールしてきた積もりだった。



なのに――



一体なんなのよ。

誰一人として私に遠慮するどころか、かえって私をせせら笑いながらカカシ先生に密着しているんですけど。

私と先生がどういう仲なのか、みんなちゃんと知ってるはずなのに・・・。



(なに、この挑発目線のお色気軍団・・・)



相変わらず、里の女性陣にモテモテのカカシ先生。

私はそれを横目で睨みながら、憮然とその場を後にするしかなかった。








「くっそーっ!」


ブチブチと文句を言いながら、アカデミーの門を出た。

どんなに先生の傍にいても、誰も私を先生の彼女だとは認めてくれない。

人目を憚らず先生に抱き付いてみたところで、子供が甘えてじゃれていると思われるばかり。

先生と私との間に横たわっている、余りにも歴然とした諸々の“差”。

今更考え込んでみても仕方ないとは分かっているけど、それでもやっぱり溜息が漏れる。



「寄りにも寄って、なんで今年は本体なのよ・・・」



去年はこっそりと影分身を出して、本物のカカシ先生は私に逢いに来てくれた。

もしかしたら今年も・・・と密かに期待していたのに、間違いなくあれは本物のカカシ先生だった。



本物のカカシ先生と偽者のカカシ先生――

「本当に見分けがつくの?」とカカシ先生は半信半疑だけど、私にははっきりと見分けがつく。

どこがどうとは詳しく説明できないけれど、でもちゃんと分かってしまうんだ。カカシ先生に限って。

「参ったな・・・。今まで、誰にも見破られた事なんてないのにな・・・」と、先生は笑っていた。

でも、安心して。見破れるのは、多分私だけ。

そして、私が見破れるのもカカシ先生一人だけ。





とぼとぼとぼ・・・

いつの間にか、私の足はカカシ先生の家に向かっていた。

習慣とは恐ろしい。

ガヤガヤと嬌声めいた甲高い声に我に返ると、先生の家の前には数人の女の子達がたむろしていて、先生の帰りを今や遅しと待ち構えていた。

ここにも、凄まじいまでの『超濃厚お色気狙い撃ちフェロモン』が、びんびん立ち込めている。

とてもじゃないが、色めき立った彼女達を押し退けて先生の部屋に入るなどできそうにない。



「・・・もう帰ろう」



くるりと踵を返し、半ば意地になってキッと顔を持ち上げる。

薄っすらと夕暮れに染まりつつある街並を、カツカツと足音を立てて、一人自宅に向かった。








「あーあ」


ドスンと勢い良くベッドに身を投げ出し、そのまま天井を見上げた。

渡せなかったプレゼント。

今日ほどカカシ先生を独占したい日はなかったのに。

どうして、分かってくれないのかな。

私なんかより、あの人達と一緒の方が楽しいのかな。



「・・・カカシ先生の、馬鹿」



じわっと視界が歪み出して、慌てて奥歯を噛み締めた。

毛布を引っ掴み、スポッと頭から被る。

泣きたくなんかない。泣いてる訳じゃない。



「くっ・・・うぅっ・・・」



ギュッと握り締めた毛布が、痛いほど爪に食い込む。

キシキシと軋む音は、まるで私の心そのもの。

グルグル巻きになりながら、心の中で何度も叫んだ。



(ばかばかばかー!カカシ先生の大馬鹿野郎ぉぉー!)



きっと今頃は、綺麗な人達に囲まれて、さぞやご満悦なんだろうな。

私の事なんて、これっぽっちも思い出していないんだろうな。

いつだってモテモテのカカシ先生。

そんなの分かってる。分かってるけど・・・、でも、やっぱり・・・。





今日の日なんて、さっさと終わってしまえばいい――









「サクラ・・・サクラ・・・」



カカシ先生の声がする・・・。



(あれ・・・、私、カカシ先生の夢でも見てたんだっけ・・・?)



夢と現の狭間で、意識だけがユラユラ揺らめいている。

なんで先生の声が聞こえるんだろうと不思議に思いながら、その気持ち良さに、暫くユラユラと漂っていた。



「おい、サクラ・・・。起きろ・・・」



私を呼ぶ声が、段々大きくはっきりとしてきた。

ぼうっと目を見開くと、カカシ先生が立っていて、やんわりと身体を揺すっていた。



「え・・・、先生・・・なんでいるの・・・?」

「なんでって」



呆れたように、小さな鍵をチャリチャリと振ってみせるカカシ先生。



(あ、そうか。この前ここの鍵、渡したんだっけ・・・)



先日、ずっと念願だった先生の部屋の鍵を渡された。

嬉しくて嬉しくて気持ちが舞い上がり過ぎて、私も半ば強引に、ここの鍵を先生に押し付けたんだった。

こんな事なら、もう少し部屋を掃除しておくんだったな・・・と今頃になって後悔する。

のそのそと起き出すと、先ずはペチペチと先生の顔を軽く叩いて、本物かどうか確認してみた。



「・・・どうやら本物のカカシ先生みたいね」

「サクラに影分身を差し向けるほど、恐いもの知らずじゃないからねー、オレ」



ベッドに腰を下ろし、カカシ先生がニヤリと目を細める。

ピンッと人差し指で軽くおでこを弾きながら、



「それとなあ。あんまりオレの事、馬鹿呼ばわりしないでくれる?」

「んなっ、なんの・・・事・・・かな?」

「しらばっくれてもダーメ!散々オレの悪口言ってたくせに」

「な・・・なんで、知ってんのよ・・・」

「アハハハハ、サクラの事は全てお見通しなの」



愉快そうに笑いながら、先生がコツンとおでこをぶつけてきた。

嬉しい・・・。でも――

先生が動くたび、微かにアルコールの匂いが漂ってくる。



「お酒飲んでたんだ、カカシ先生」

「え・・・あーゴメン。まあその、ちょっと断り切れなくてさ・・・」



言葉を濁した様子から、いろいろと察してしまった。



「そう・・・」



誰と、とは聞きたくない。

聞けば、絶対に涙が零れてしまうから。

きつく目を閉じ、唇を噛み締めた私を見て、カカシ先生は慌てて私の顔を覗き込んできた。



「いや待て。オレが相手してたのは最初だけだから。直ぐにトイレに立つ振りをして、影分身と入れ替わってきた」

「・・・・・・」

「おい、本当だって」

「・・・・・・」

「・・・サクラ?」

「うん・・・分かった・・・」



本物も偽者も、本当は丸ごと独り占めしたいけれど・・・。

今日だけは我慢しないといけないよね。

だって、みんなカカシ先生が好きなんだもの。

先生と一緒に、この日をお祝いしたいって思ってるんだもの。

先生が困り顔で、じっと私の様子を見ている。

もう・・・。

そんな顔するくらいなら、この次はもう少し上手に嘘を吐いてよね・・・。



「もういいよ。来てくれてありがとう、カカシ先生」



ギュッと大きな肩にしがみ付き、泣き笑いのような可笑しな笑顔で、先生の頬にチュッと唇を滑らせた。

くすぐったそうに、カカシ先生が僅かに顔を顰める。

先生の匂いが鼻をくすぐり、不意に胸の奥が熱くたぎり出す。

うねり狂う気持ちを誤魔化すように、先生の顔中に数え切れないくらい唇を押し当てた。



いくら私がヤキモキしてみても、カカシ先生が人気者なのには違いないから。

だから、今こうして私の傍に居てくれる事実を、もっと大切にしなくちゃね・・・。

アルコールの奥に見え隠れする、私の知らない香水の匂い。

今日だけは、気付かない振りしてあげる。

でも、今日だけ。今日だけだからね――



ずっとされるがままだったカカシ先生が、ぐいっと体を傾けた。

放り出される身体。

目の前の景色がくるくると変わる。

そのまま唇を塞がれ、二人して魚のようにベッドの上で跳ね飛びながら、貪るように抱き締め合った。

息ができないほど何度も舌が絡み合う。

そして――



「やっと二人っきりになれた」



カカシ先生は、悪戯っぽく瞳を輝かせて笑った。








敵わない。やっぱり敵わないよ。

どう足掻いてみても、私はカカシ先生が好きなんだ。

痛みでありながら、それは快楽。

苦痛と背中合わせの、逃れられない愉悦。

荒れ狂うように抱き締められ、余計な事を考える暇もなく翻弄された。

細胞の一つ一つまでカカシ先生で満たされて、溶け合って、混じり合って。

意識も肉体も混沌と滲み出して、先生との境界線がどんどんと曖昧になっていった。

今にも消え入りそうな自我が、最後の主張を繰り返す。



私はあなたが好き――大好きよ――誰にもあなたを渡したくないの――

私の想い――決して忘れないでいて―― 








翌日。

シャワーの雫をタオルで拭き取りながら、「いやー、随分と派手にやってくれたな・・・」と先生が苦笑いしていた。

全身の至る所に、赤い小さな痣と痛々しいみみず腫れ。

言わずと知れた、私からのささやかなバースデイプレゼント。

二、三日もしたら綺麗さっぱり消えてしまうんだろうけど、その間は他の誰にもカカシ先生を渡したりしないんだからね。

してやったりと、ニンマリと笑う。



「ま、それはサクラにしても同じなんだけどな」



消えちゃったらまた付けてあげる――と、先生に負けず劣らず全身赤い痣だらけの私を、先生はまんざらでもなさそうに見下ろした。



「じゃ、今すぐ付けてよ」



消えちゃったらではなく、消える暇などないくらいに。

どんな時だって、カカシ先生を感じていられるように。



「おおー?そうきたか」



あからさまに鼻の下を伸ばして、先生が私を抱き上げた。

先生の肌の温もりに、昨夜の情事の記憶が蘇り、瞬時に身体が熱くなる。

そのまま何度もキスを交わし、再びベッドに倒れ込んだ。

熱く息を弾ませ、お互いの身体をまさぐりながら、

「おっと。そろそろオレのニセモノ消しとかないとな」と、先生は一晩放置したままの影分身を素早く解いた。

その途端――



「・・・う・・・うげぇ・・・」



猛烈な二日酔いに襲われ、身動きの取れなくなってしまったカカシ先生。

真っ青な顔で脂汗を滲ませて、うんうん唸るのが精一杯の様子に、私はただ呆然とするばかり。



「え・・・、ど、どうしたの、一体?」

「あ・・・頭・・・痛い・・・。気持ち・・・悪い・・・」

「あらら。大丈夫?」

「ダメ・・・死にそう・・・」



ニセモノのカカシ先生は、一体どんな一夜を過ごしたのやら・・・。



「だいぶお楽しみだったみたいねー、カカシ先生」

「オ、オレのせいじゃ、ない・・・。悪いのは・・・みんなアイツ・・・だし・・・」

「でも、元は同じカカシ先生じゃない」



頬杖を突いて意地悪く見下ろしているうちに、ついクスクスと笑いが漏れる。



「わ、笑うな・・・」

「うふふふ。影分身って、こういう時不便なのね」

「そう・・・。すんごく・・・不便・・・」

「へえ、そうなんだ。ねえ、お水持ってくる?」

「た・・・頼む・・・」



完全に生ける屍と化してしまったカカシ先生をその場に残し、キッチンに向かう。

きっとみんなは、格好良く戦っているカカシ先生とか、どんな女性にだって甘い顔のカカシ先生しか知らないはず。

こんな情けないカカシ先生を知っているのは、精々私くらいかもね。

胸に付いた赤い痣をそっと押さえながら、やれやれ・・・と肩を竦めた。



「もう、先生しっかりして。百年の恋もキレイさっぱり冷めちゃうじゃない」

「そんな・・・。見放さないでくれよ、頼む・・・」



心なしか涙目のカカシ先生は、妙に母性本能をくすぐるから困る。

やっぱりカカシ先生のこんな姿、あの子達には絶対に見せられない。

見放さないわよ。ええ、見放したりするもんですか。

だって私は、格好良いカカシ先生も、情けないカカシ先生も、みんなまとめて大好きなんだもの。






そう。たとえ、どんなに格好悪くたって・・・






「やっぱり大好きよ!カカシ先生ー!」

「さ、叫ぶなぁぁぁーーっ!」